私は今のお店で支配人からサラブレットなんて呼ばれています。
なんでサラブレットなのかというと、母が元ホステス、父がキャバクラの黒服をしてた水商売夫婦の間にできた子だからです。 水商売の血統が走っているって言われてます。
といっても、そこまで成績も良くないのでどうなんだと自分では思ってます。
親には反対されました。
それは水商売の大変な所もたくさん知っているからだと思います。
その証拠に私には普通にOLになるかお嫁さんになって欲しかったらしく、ちゃんと教育を受けさせてくれたし、短大もちゃんと卒業しています。
短大の学科は家政科だったので、直ぐに結婚していい嫁さんになるかとか、今流行の料理研究家になって有名になるかなんて考えていた時もありました。
しかし、結婚相手は見つからなかったし、あまり創造的な料理を作れる自信がなかったので、就職活動をしていました。 でも、この就職難です。
ようやく内定をもらった会社が、すごく雰囲気が暗くて、しかも、大卒と短大卒でものすごく給与に開きがあったんです。
なんだかすごくバカにされている気がして、就職するのが嫌になりました。
で、一度は見てみたい世界だった夜の世界に入ることに決めました。
なぜ、見てみたかったのか?それは、私の両親がいた世界だからです。
私をここまで何の苦労もさせず、頑張って育ててくれた両親が生きてきた世界を見ておきたいなと、ちょっとした興味本位と、まぁ、お金も稼げるし、今流行の実力主義だからです。
母はススキノでホステスをしてました。
小さい頃は赤ちゃんの私をお店に連れて行って、奥の部屋で代わる代わる美しいお姉さんたちにあやしてもらったこともあったと聞いています。
その後は、ホステスさん御用達の24時間託児所で過ごした記憶が残っています。
小学校3年くらいまで母は働いてましたが、その後、お店を辞めて専業主婦になりました。
学校から帰ってくると母がいる生活が嬉しく、思い切り甘えました。
といってもホステス時代だって、今から考えるとスゴイことですが、朝はちゃんと起きて、朝ごはん作って送り出してくれたし、私が寝ている間に学校で使う手提げ袋とか縫ってくれていました。
しかし主婦をしている間にも勉強していたらしく、私が中学になる頃にはホームヘルパーとして介護の仕事を始めました。 父もずっとキャバで頑張ってました。
子供時代、中には友達や友達のお母さんにあのこの親は…ってヒソヒソされたことはありますが、私は一度も気にしなかったです。
私にとっては最高のお父さんとお母さんでしたから。
で、高校に入る前に、父が友達に誘われて、東京のバーで店長兼バーテンダーとして働くことになり、家族で引越しました。 だから、私の挑戦の場は、競争の激しい東京の夜の世界になりました。
父と母は、私が嫌な思いをしないよう、普通の生活と教育を受けさせるために、頑張って働いてくれていました。
そんな両親が私の生活を支えてくれた夜の世界への旅が始まったんです。

夜の世界でキャバクラ嬢として働くのは、やはり楽ではないと思います。
指名があったり、ノルマがあったり…テレビドラマであるような事もあるかもしれません。
でも高収入が魅力的だし、自分の能力を活かしたいと思うならキャバクラ求人媒体で自分に合ったメリットのあるお店を比べてより良いお店を探すのが良いと思います!
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